2005年11月19日(土) AM8:00出発〜

訪問参加者:

井手・佐々木哲広・上松・上松(妻)・上田・上田(妻)・平林・平林(妻)・島津・島津(妻)・山本・山本(娘)・菊地・菊池(孫)・高橋・由本・安永・久保・末光・横山・日野      (計21名:敬称略)


 今回のひろしま訪問は「平和と自由を守る精神。」「会員相互のコミュニケーションの一環。」という趣旨のもと、11月19日(土)に予備自衛官である安永さんのご尽力で、一年越しの計画によりようやく実現できました。
  当日は、天候にも恵まれ、絶好の秋晴れでした。午前8時発、松山観光港より呉行きのスーパージェットに、21名の参加者が乗り込んで、呉港へ到着後、江田島行きフェリーに乗換えて「海上自衛隊 第一術科学校・幹部候補生学校(旧海軍兵学校)」に向かいました。

江田島
海上自衛隊第一術科学校・幹部候補生学校(旧海軍兵学校)を見学

 この学校は明治21年に東京築地より移転以来、アメリカのアナポリス・イギリスのダートマスとともに世界3大兵学校として広く世界が知るところとなったそうです。
  まず、敷地内で目を引いたのが、「大講堂」でした。大正六年に当事の40万円で建設されたといってましたが、当事の紙幣価値からすると物凄く高価な建物だと思いました。最近補修工事が終わり、一層美しく見えました。
 次に目に入ったのがヨローピアンな造りの歴史のある「幹部候補生学校」でした。ここは、当時イギリスから一つ一つ丁寧に包装されたレンガを輸送され、中でも厳選した上質な物だけで建設したそうです。ふんだんに使われているレンガは、触ってみると長い年月を感じさせない程、ツルツルしていました。

 また、昭和16年12月8日ハワイ真珠湾を攻撃した特殊潜航艇の5隻のうちの一隻が展示されていました。当事の辛い記憶を物語っているかのようにも見えました。
 ここでのメインは「教育参考館」でした。海軍の歴史を追って幕末から第一次世界大戦の東郷元帥の記録から始まり、第二次世界大戦の戦死した海軍関係者の書や遺品など貴重な物が展示されておりました。
 展示された遺書のほとんどは、20歳程の若者のもので、その若さとは思えないほど、どの文字も真っ直ぐ丁寧に書かれており、現代の若者と比べると、抱える責任の大きさの違いもあるかも知れませんが、比較にならないほどしっかりした内容でした。書き順は最初に両親へ、次に妻、そして子、親族に宛てたものが多く、命の言葉がいっぱいに綴られていました。読んでいるうちに当事の様子が浮かんできて、まともに読めない程、心が苦しくなりました。


海上自衛隊第一潜水隊群司令部にて、潜水艦「はるしお」に乗る

 江田島を後にして、次に向かったのは呉の海上自衛隊第一潜水隊群司令部。
 ここでは安永さんの幹部候補生学校時代の同期である乳井三治 一佐さん(約1,000名の部隊でNo.3の御偉い方)に施設をご紹介して頂きました。この乳井さんが居る間は部下全員が敬礼したままで、その中を私達が歩いていきました。何か、少し優越感を感じつつも申し訳ない感じもしました。
  一般公開では、少し古い潜水艦を見学して頂いているとの事ですが、今回は特別に、現役で一番活躍する「はるしお」へ乗せていただきました。
 この潜水艦は、排水量2,450t、全長77m、深さ10.5m、定員75名、走行スピードは地上で最大20数Km、水中で30数Km、移動距離は最高でアメリカ西海岸まで行った事があるらしいです。購入費は約500億円の潜水艦だそうです。はしごで中に降りるように数m乗り込みましたが、垂直に長いはしごは最初、素人には少し恐怖感を与える感じがしました。しかし隊員数名が下で見張っていただいていた分、女性でも安心して降りる事が出来ました。
 潜水艦内は、上下へ三層(三階?)になっており、やはり少し高さが低い感じはしました。艦長より潜水艦の説明を頂いた後、運転席から食堂・厨房など全ての部屋を見学して回りました。ロケットも6発ほど搭載されており、一発3億円するミサイルを実際に触って体験できました。(新人隊員はスペース上、ロケットの下で寝る様です。尚アースは取ってました。)このミサイルは何時緊急事態になっても対応できるように当日も使える状態でした。又、ミサイルの中には一つずつコンピュータが内蔵されており、ほとんど命中するらしいです。威力はそこそこ大きい船も一発有れば十分だそうです。
 また、潜水艦はいかに静かに動いて相手に気付かれない様にするのが大事らしく、艦内の配管には全てゴムのクッションがなされており、このクッションが有るか無いかだけで配管を伝って音となり、小さな音で相手に気付かれる恐れがあるので、その様にしているとの事でした。ちなみに乗組員は、配管3000ヶ所の名前を全部把握しているといってました。頭でなく体で覚えているらしいです。また、移動時には床に防音用マットをひき、全員運動靴を履くといった事までして、音漏れ対策するそうです。
 この「はるしお」は世界で何処にも負けない一番優れた潜水艦だと乳井さんが話していました。ただ乗組員は一旦潜水艦に乗り込めば外部との連絡はたとえ一ヶ月であろうと取れず緊急でもよっぽどでないと外部との情報のやり取りを禁止しているそうです。シャワーは2〜3日に一回しか浴びれず、結構大変で、高給取りとは聞きますが、お金じゃやれない苦労も有るように見受けられました。潜水艦の見学について、皆「二度とない体験が出来た」と口々に話していました。

 

オープンしたばかりの大和ミュージアムへ

 最後に、呉港となりに最近誕生した大和ミュージアムを見学しました。見事な10分の1に復元された戦艦大和は全長26.3mとなかなかの完成度でした。その他、呉の歴史などの様々な展示や解説があり非常に解りやすく、見所も満載でした。

 すべての見学を終えた参加者は19時35分着のフェリーでビールやお酒を片手に、にぎやかに松山観光港へ帰りました。この日は偶然にも「日本丸」が来航しており、きれいなライトアップで船体が彩られていました。
 参加者の皆さんの一人一人が今回の訪問は良かったと話して頂きました。企画をした成果があったなとホッとしております。また、次回この様な機会がもてれば良いかなと思います。
 本当にお疲れ様でした。



当日のスナップアルバム


(2005.12.7/文責: 横山 伸也)

 
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